俳句四季8月号掲載

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野山に自然に咲く花に魅せられて、ふと立ち止まる時、心を奪われるようにじっと見入ってしまうことがあります。次元の違う空間の絵画を見るようにそこに咲く花がその花の存在のみに留まらない、空想の世界へ誘われるかのようです。野山の花は、美しさに可憐な可愛らしさを感じさせてくれます。暖かな草の香りや風の優しさが、いつも花に語り掛けているようです。何かに悩んだり、挫折したり、先が見えないときに、ふと自然の声が聞きたくなります。人間の力の及ばない自然の声を、心の拠り所として、都会の喧騒を飛び越えて、その声を聞きたいのです。

魂の叫びとでも言うような人間の葛藤から、いつも自然は掬ってくれます。

その代りなのでしょうか。自然は時に予想もつかない恐ろしい顔を見せます。未曾有な災害もその一つ。怖いですね。拭い去れない自然の怒りを、私達人間は、改めて受け止めなければなりません。人が人であり、地球に暮らす生き物である限り、我儘に便宜ばかりを優先させてはいけないのかもしれませんね。

小さな野の花が一面に広がる美しい花野に立ち竦むような時、そこからふと我に返してくれるものは何か考えると、それは水の音だと思いました。生命の源である水の音です。野山の何処からか沸き出して来る水の音。それは人間の生命の源でもあるのです。この句はそんな思いから生まれました。とかく争い事の多い社会のどこかで、いつでも立ち竦み足を踏み出せずにいる人がいます。だれもがそんな小さな心の叫びを感じながら、流れる川の音へと一歩踏み出すことが出来たら、きっとそんな小さな一歩がやがて大きな足跡となって夢となって息づいて行けると思います。

この扇子に形を借りて少しでも誰かに私の想いが伝われば幸いです。ここにご紹介させて頂いた扇子が海を越えてハワイで行われたホノルルフェスティバルで平和文学賞を頂けたことを心から感謝し宝物としております。

川風の方へと花野より一歩    上野貴子

 

 

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