上野貴子の芭蕉の旅

これからこのページでは一年半かけて松尾芭蕉の全句解釈を成し遂げた記念に松尾芭蕉の俳句の旅といたしまして「芭蕉の旅」を掲載して参ります。
紅葉の10月から始まり桜咲く4月で完了いたしました。俳聖松尾芭蕉の俳句の旅をご紹介致します。
まず、最初は、やはり桜の記事からご覧ください。


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No1

「さまざまの事おもひ出す櫻かな・・・芭蕉」

この句は芭蕉の桜の名句です。なんとなく古臭さを感じない句ですね。
この句の背景には多くの芭蕉の生涯の出来事が隠れているのですが、句だけ見ると懐かしい思い出を桜に詠んでいる暖かな句ですね。

「花の空坂を登れば雲の橋・・・上野貴子」今年の桜の句です。

今年の春は病院に行く機会が多く、この句はそんな行き帰りの通い道で詠んだものです。


●ここに芭蕉の桜の句を10句ご紹介致します。

さまざまなこと思ひ出す桜かな
花の雲鐘は上野か浅草か
しばらくは花の上なる月夜かな
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
初花に命七十五年ほど
咲乱す桃の中より初桜
うかれける人や初瀬の山桜
草いろいろおのおの花の手柄かな
よし野にて桜見せふぞ檜の木笠
花ざかり山は日ごろのあさぼらけ

 
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No2

芭蕉の3つの旅

芭蕉は、自分を見つめ、自然の心をとらえ、うそいつわりのない真情を575の文字に表すために、風雅の道を求めていました。

四十一才のとき
「野ざらし紀行」野ざらしの旅。1684年秋~翌年1685年4月。

四十四才のとき
「笈の小文」旅の楽しむ心境の旅。1687年~1688年。

四十六才のとき
「奥の細道」みちのくの旅。1689年3月27日深川を出発~9月6日大垣に筆を止める。

この3つの旅は、芭蕉が生涯に残した紀行文のもととして有名な旅です。
旅の俳聖と呼ばれていた芭蕉の神髄はこの3つの旅に隠されているに違いありません。

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No3

「奥の細道」の旅に出る決意 

芭蕉は旅の俳聖といわれています。
その生涯をかけた「奥の細道」の旅を俳諧の道と芭蕉は考えていました。

芭蕉が尊敬する西行や宗祇(そうぎ)、中国の詩人杜甫や李白もみな旅の道で死んでいます。人生五十年と言われた時代に、四十六才といえば、すでに体も弱く、この旅は帰るところを持たぬ行き倒れの旅を覚悟したものでした。

そうして、長年住み慣れた深川の芭蕉庵を人手に渡し、門人杉風(さんぷう)の別荘に移り、いよいよ北陸、奥羽の旅に出るのです。 

門人杉山(すぎやま)杉風(さんぷう)とは、芭蕉が二十九才の時に初めて江戸へ下った折に落ち着いたのが二十五才であった杉風の家といわれています。

その後、江戸に生まれ幕府に魚を納める問屋「鯉屋」の主人であった杉風は、深川の庵に芭蕉を住まわせて、自らその世話をしていたともいいます。



(芭蕉記念館入り口)

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No4

旅のはじめ

元禄二年三月二十七日(旧暦)
いよいよ旅立ちの日となる。

この日は富士山が遠くにかすかに見えて、ちょうど上野や谷中の桜も咲き、これが見おさめかと淋しい旅の別れを見守っていてくれるようでした。

そして、門人達は別れを惜しみ舟で見送りに千住まで行き、そこで涙の別れとなります。そこからは、門人曾良が同行することとなり、芭蕉の奥の細道の旅がはじまったのです。

ここで門人達が見送った千住とは
    奥州街道の始まりの地。
    奥州街道とは、江戸千住から奥州白河に至る街道。
    五街道の一つ。
    五街道とは、江戸時代に江戸日本橋を起点とした、東海道、中山道、日光街道、    甲州街道、奥州街道の称。




(写真素材は千住大橋)

※新しく芭蕉の俳句を「上野貴子の俳句の旅」ホームページが出来ました。そちらも是非ご覧ください。
http://haikubasyou.uenotakako.com/


No5

芭蕉の食の句

66盃の下ゆく菊や朽木盆

73あすは粽難波の枯葉夢なれや

86あらなんともなやきのふは過ぎてふくと汁

99色付や豆腐に落て薄紅葉

102わすれ草菜飯につまん年の暮

106盃や山路の菊と是を干す

108今朝の雪根深を薗の枝折哉

110かなしまむや墨子芹焼を見ても猶

122雪の朝獨り干鮭を噛得タリ

124餅を夢に折結ふしだの草枕

125春立や新年ふるき米五升

126藻にすだく白魚やとらば消ぬべき

130摘けんや茶を凩の秋ともしらで

139くれくれて餅を木魂のわびね哉

148花にうき世我酒白く食黒し

149雪の魨左勝水―無月の鯉

150夕顔に米やすむ哀なり

153あさがほに我は食くふおとこ哉

164靑ざしや草餅の穂に出つらん

168苔汁の手ぎは見せけり淺黄椀

185芋洗ふ女西行ならば歌よまむ

202明ぼのやしら魚しろきこと一寸

203あそび来ぬ鰒釣かねて七里迄

206しのぶさへ枯て餅かふやどり哉

236つゝじいけて其陰に干鱈さく女

242いざともに穂麦喰はん草枕

248行駒の麦に慰むやどり哉

283蛎よりは海苔をば老の賣もせで

298鰹賣いかなる人を酔すらん

350此山のかなしさ告よ野老堀

357盃に泥な落しそむら燕

414またたぐひ長良の川の鮎膾

424かくさぬぞ宿は菜汁に唐がらし

434身にしみて大根からし秋の風

446御命講や油のやうな酒五升

453米買に雪の袋や投頭巾

454さしこもる葎の友かふゆなうり

466よもに打薺もしどろもどろ哉

467我ためか鶴はみのこす芹の飯

483鮎の子の白魚送る別かな

535めづらしや山を出羽の初茄子

541初眞桑四にや斷ン輪に切ン

542花と実と一度に瓜のさかりかな

543小鯛さす柳涼しや海士が家

552秋涼し手毎にむけや瓜茄子

589蛤のふたみにわかれ行秋ぞ

611あられせば網代の氷魚を煮て出さん

618木のもとに汁も鱠も櫻かな

624似あはしや豆の粉めしにさくら狩

625春雨やふた葉にもゆる茄子種

626此たねとおもひこなさじとうがらし

627種芋や花のさかりに賣ありく

636橘やいつの野中の郭公

656草の戸をしれや穂他蓼に唐がらし

658海士の屋は小海老にまじるいとゞ哉

659朝茶のむ僧しづかさよ菊の霜

669から鮭も空也の痩も寒の内

672納豆きる音しばしまて鉢叩

680梅若菜まりこの宿のとろゝ汁

685呑明て花生にせん二升樽

687麦めしにやつるゝ戀か猫の妻

690衰や歯に喰あてし海苔の砂

694柚の花や昔しのばん料理の間

698たけのこや稚き時の繪のすさび

702粽結ふかた手にはさむ額髪

707水無月や鯛はあれども塩くじら

709秋風のふけども靑し栗のいが

715米くるゝ友を今宵の月の客

717十六夜や海老煎る程の宵の闇

722草の戸や日暮てくれし菊の酒

726松茸やしらぬ木の葉のへばり付

728乳麪の下たきたつる夜寒哉

735葱白く洗ひたてたるさむさ哉

759兩の手に桃とさくらや草の餅

762鎌倉を生て出けむ初鰹

771靑くても有べきものを唐辛子

773行秋のなをたのもしや靑蜜柑

778塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店

787蛤の生るかいあれとしの暮

789蒟蒻にけふは賣かつ若菜哉

791白魚や黑き目を明ク法の網

792菎蒻のさしみもすこし梅の花

800子ども等よ昼顔咲キぬ瓜むかん

808初茸やまだ日数へぬ秋の露

817影待や菊の香のする豆腐串

822難波津や田螺の蓋も冬ごもり

828ものゝふの大根苦きはなし哉

829鞍壺に小坊主乗るや大根引

830寒菊や醴造る窓の前

834芹焼やすそわの田井の初氷

836いきながら一つに冰る海鼠哉

838ありあけも三十日にちかし餅の音

840一とせに一度つまるゝ菜づなかな

851青柳の泥にしだるゝ塩干かな

854烏賊賣の聲まぎらはし杜宇

855木隠て茶つみも聞や時鳥

858麦の穂を便につかむ別かな

862駿河路や花橘も茶の匂ひ

864ちさはまだ靑ばながらになすび汁

873我に似な二ツにわれし真桑瓜

877清瀧の水くませてやところてん

879夕顔に干瓢むいて遊けり

880朝露によごれて涼し瓜の泥

881瓜の皮むいたところや蓮臺野

883夏の夜や崩て明し冷し物

884飯あふぐかゝが馳走や夕涼

904蕎麦はまだ花でもてなす山路かな

906行あきや手をひろげたる栗のいが

909冬瓜やたがいにかはる顔の形

937蕎麦もみてけなりがらせよ野良の萩

942折々は酢になるきくのさかなかな

945松茸やかぶれた程は松の形

947菊の後大根の外更になし

950雪間より薄紫の芽独活哉

973萩の露米つく宿の隣かな

 

全115句を抜粋「芭蕉俳句集」岩波文庫より




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