2017今月の草花

4月 糸柳

ボートまで風のそよ吹く糸柳

 

【桜の季節】

4月は桜が満開を迎える季節です。桜は日本の花の代表ですね。この頃を待つ日本人の心は今も昔も変わらないでしょう。
それでは、この桜はいったいいつの頃からこんなに日本人に愛されていたのでしょうか。何となく気になりますね。そこで春の桜に象徴されているお花見の歴史をたどってみました。
まずは奈良時代。この頃は日本のさまざまな文化歴史の源が築かれた頃ですが、はたして桜はどうかというと、なんと、案外この時代は桜には人気がなく、寧ろ梅が人気でした。この歴史は、、『万葉集』に詠まれた梅の数から推測できます。桜を詠んだ歌が43首に対し、梅を詠んだ歌は110首です。この歌の数の違いからも奈良時代に人気を呼んでいたのが桜ではなく梅であることが解ります。
それでは、いったいいつごろから桜は梅よりも人気を呼んだのでしょうか。これは、さほど最近のことではなく平安時代の頃にはすでに梅と桜は逆転していたようなのです。
そのきっかけとなる史実に、菅原道真が遣唐使を廃止したという歴史があります。このことにより中国から来た梅の花の人気がうすれ日本古来の桜の花が人気を呼ぶようになってゆきます。この桜の人気は平安初期の『古今和歌集』に詠まれた歌の数で解ります。梅は18首に対して、桜は70首となり、この頃には人々の人気は梅よりも桜になっていることが解ります。
そして、鎌倉時代以降に一般階級に桜を愛でるお花見が浸透していったとされています。その後は戦国の武将豊臣秀吉により「吉野の花見」が開かれ、すっかり人々の間では桜の花見が春の行楽としてもてはやされてゆきます。
こうして江戸時代には、今でも花見桜としては一番多いとされる染井吉野が登場して、庶民の間の人気となり、お花見もすっかり定着します。
平成の現代まで、春と言えば桜を待つ日本人の心は、長い歴史に息づいて桜の人気は続いているのですね。あらためて歴史をたどり考えてみると感慨深いですね。
そして、この桜という名前にも、その由来は幾つもあり、奈良時代にはすでに桜と呼ばれていたのですから、それ以前の古来、桜は存在していたはずです。
一説によると、さくらとは「花が咲く」の「咲く」に花々の総称として「~等」という意味合いが合わさり「咲く花ら」~~「さくら」となったといいます。名前の由来は定かでは無く何説もの諸説があるようですが、かなり昔からさくらは春の花の代表だったようですね。
そろそろ今年も、関東では満開を迎えるころです。やはりお花見は日本の春の行楽ナンバーワンでしょう。予想では今年の桜の見頃の時期は例年よりも長いようです。春と言えば誰もが桜の花が楽しみですね。